こんにちは、寝袋!です。
『戦艦武蔵』や『熊嵐』など、数々の記録文学、歴史文学を書いた吉村昭さん。
黒部第三発電所を作るためのトンネル難工事を描いた、
『高熱隧道』(こうねつずいどう)
は、歴史・小説愛好家以外にも、登山者にもとても愛されている傑作です。
とくに、黒部峡谷を歩こうとする登山者には、必読と言えるでしょう。
「『高熱隧道』って読んだことないけど?」
「読んだことあるけど、当時の様子などもっと知りたくなった!」
という人のために、
- 作品の魅力をわかりやすく
- 当時の写真などを交えて
説明します。
これを読んで『高熱隧道』と「黒部峡谷」をもっと楽しんでいただけたらと思います。
目次
「高熱隧道」の時代背景
第二次世界大戦前、日本が日中戦争を戦っていた時代のことです。
戦争に使う兵器を作るため、工場を動かすためには大量の電力が必要です。
そこで、日本一険しい黒部峡谷に、新たな発電所を作ることになりました。
山深いところに発電所を作るためには、その場所まで物資を運ぶためのトンネルが必要です。
そのトンネルを作る様子を描いたものが『高熱隧道』なのです。
「高熱隧道」のあらすじ
トンネルを掘り進むと、65℃にもなる高温の岩盤に突き当たりました。
熱さに耐えて作業は進んでいくのですが、岩盤はどんどん熱くなるばかりです。
最終的には165℃を越えてしまうのです。
- ダイナマイトの自然爆発
- 高熱による火傷と熱中症
という、恐ろしい環境になり、当然死者も続出します。
「工事中止」を呼びかける警察などの声は、「国策のため」という上からのお達しで、もみ消されてしまいました。
作業員たちは、人間とは思えない、救いのない状況で、トンネルを開通させるしか帰る道はなくなります。
さらにトンネルを早く完成させるため、冬場も工事は続けられるようになります。
そこに襲いかかるのが、豪雪地帯黒部の恐ろしい雪崩でした。
熱い中をどうやって作業?
常時100℃を超える高温の岩盤ですから、
- 岩盤に触れただけで大やけど
- 高温の蒸気ですぐにぶっ倒れる
状況です。
作業員たちは、なんとか作業を続けるために、こんな方法を考え出しました。
- トンネルを掘る作業員に、後ろの人(掛け子A)がホースで水を掛ける
- その掛け子Aも熱さで倒れるので、さらにその後ろに掛け子Bが水を掛ける
- さらにその掛け子Bに別の掛け子Cが・・・
私は初めて読んだとき、
「冗談でしょ?」
と、思わず吹き出してしまいましたが、笑い話ではないのです。
掛けた水はすぐにお湯になって、腰まで45℃の熱湯に浸かっていたといいます。
1時間ほど作業するのが限界だったそうです。
後述する講演会で、当時の作業員の方がお話されていました。
一番熱いところでは、1人の作業員に、掛け子が5人必要だったそうです。
ダイナマイトの恐怖
トンネルを掘るときの作業手順を説明します。
- 壁に細い穴をドリルで開ける
- 穴にダイナマイトを差し込んでいく
- 爆破して岩を取り除く
こんな感じです。
ところが問題は、
ダイナマイトは40℃以上の地盤では、自然に爆発してしまう
ことでした。
細い穴にダイナマイトを差し込んでいる途中に、いきなりダイナマイトが爆発してしまいます。
100℃以上の岩盤なのですから、当たり前ですよね。
しかし、作業員に撤退は許されません。
飛び散った死体を片付けて、黙々と作業は続行するのです。
解決策として、穴の中にアイスキャンディーのような細い氷を差し込んで、一時的に冷やす方法が考えられました。
岩盤が冷えている間に、素早くダイナマイトを設置するのです。
間に合えばセーフですが、遅くなると・・・。
泡雪崩の恐怖
作業員を襲うのは、熱だけではありませんでした。
黒部峡谷のような険しい地形は、雪崩の巣です。
ある時、泡雪崩(ほうなだれ)という、黒部独特の雪崩が発生します。
雪崩は宿舎を襲って、跡形もなく消し去ってしまいました。
上のような木造の宿舎ではなく、鉄筋コンクリートの建物ですよ?
作業員たちは雪を掘って、なんとか遺留品を探しますが、なんと遺留品どころか死体も建物の残骸も見つかりません。
なんと、建物ごと空を飛び、580m離れた対岸の山に、積み重なっていたのでした。
鉄筋コンクリート5階建ての宿舎がなくなり、100名近くの作業員が命を落としました。
作業員が狂っていきます
熱と、爆発と、雪崩の恐怖。
作業員は次第に狂っていき、中には、突然雪山へ向かって走り出して、そのまま消えていく者もいました。
「追うな! 追うとそいつも死んでしまう」
と、ただ眺めて見送っているというのが、なんとも冷酷で現実的で、ゾッとします。
怒涛の結末へ
作業員たちは、高額の賃金のため、生きて帰るため、トンネル屋としてのプライドのため、作業に没頭していきます。
ただただ、トンネルを開通させることだけ考えるのです。
このあたりの作業員たちの取り憑かれたような描写は、私にはうまく説明できません。
ぜひ作品を読んでください。
頭が麻痺しているとしか考えられません!
トンネルは、300名以上の犠牲者を出して開通します。
開通したとき、作業員たちに袋叩きにされることを恐れて、現場監督はすぐに去っていきます。
そこには、感動もなにもありません。
どす黒い、重苦しい空気のまま、物語は結末を迎えます。
私が一番ゾッとしたのは、作業員たちが恨みを膨らませているのに、トンネルが開通するまでは、掘ることしか考えていないことです。
命を危険にさらさせられている現場監督への恨みより、トンネル開通を優先させる執念。
それが一番印象に残っているかも。
高熱隧道あれこれ
2018年講演会
2018年、この時の現場を経験した作業員たちが、本音を語るという講演会が開かれました。
私は幸運にも、講演会を見ることが出来ました。
なんとも生々しいお話でしたので、ひとつ紹介します。
2つ前のカラー写真で、作業員が熱いのにカッパを着ています。
これはなぜかというと、水蒸気が天井に付いて水滴となり、落ちてくるからです。
その水滴に当たると、やけどして水ぶくれになったので、高温地帯ではカッパを着ているそうです。
「黒部の太陽」
黒部というと『黒部の太陽』が有名ですね。
石原裕次郎主演で映画化されたこの作品は、高熱隧道のさらに奥に、黒部第四ダムを作るお話です。
破砕帯(はさいたい)という断層と、水との戦いを描いたストーリーでした。
じつはこのとき、高熱隧道の生き残りの作業員が、当時の話を少し回想するのです。
「あの現場に比べたら・・・」
みたいなセリフだったと記憶しています。
私は個人的に『高熱隧道』を映画化してほしいと思っています。
「高熱隧道」を味わえます
黒部峡谷を歩くと、少しだけ高熱隧道の一端を味わうことが出来ます。
軌道が敷かれたトンネル内に入ると、全身から汗が吹き出るような熱気に襲われます。
また、阿曽原温泉小屋にも、蒸気を噴き出しているトンネルがありますよ。
登山者のみなさんには、ぜひ一度歩いていただきたいコースです。
歩いてから読むのもいいですが、やっぱり、歩く前に読むことをオススメします。
いろいろと小説の魅力を説明してきましたが、実際に読むと、私の説明では伝わらない迫力がありますよ。
他にも、私がオススメしたい登山関係の本を紹介しています。
よかったらちょっと、のぞいてみてください。
メジャーなものからマイナーなものまで紹介しています。