こんにちは、寝袋!です。
登山愛好家にとって「憧れの山」というのは無数にあると思います。
富士山? 槍ヶ岳? それとも剱岳? エベレストという人もいるでしょうか。
人それぞれ、胸に秘める山の名前は違うでしょう。
さて、登山愛好家には「憧れの道」もありますよね?
ピークに登るのではなく、ただ、歩いてみたい道というのが。
栂海新道? 信越トレイル? 熊野古道?
外国に目を向けると、カミーノ・デ・サンティアゴ、アメリカ3大トレイルなどもありますね。
今回は、富山県の黒部峡谷に付けられた道、
『水平歩道』
について、その魅力や歩き方をまとめてみました。
私、水平歩道大好きです!
目次
黒部峡谷水平歩道とは?
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黒部峡谷の深い谷のうち、欅平(けやきだいら)から黒四(くろよん)ダムの部分を『下ノ廊下(しものろうか)』と呼びます。
そのなかで、欅平から仙人谷ダムまでの、標高1,000mぐらいをずっと水平に移動する道、それが水平歩道です。
黒部川までの高さは400mほど、道幅はせまいところで80cmです。
黒部峡谷の美しさと、スリルとを味わえるこの道は、登山者や温泉マニアの間で大人気の道です。
水平歩道の歴史
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/08/suihei06.jpg)
岩壁を削る前の水平歩道
水平歩道は、ふくれあがる電力需要に対応するため、新しいダムの調査のために作られました。
上の写真のように、岸壁に木の杭を打ち付け、その上に丸太を渡してありました。
こんな道を、資材を担ぎながら13kmも歩いたというのが信じられません。
当然ですが、多くの事故が起きたようです。
当時は、戦争に向けての国策でしたので、犠牲はかえりみず、
「なにが何でも」
の精神で強行されました。
今では岩壁がくり抜かれて、一応地面の上を歩ける安全な道(?)となっています。
「水平歩道の入り口」欅平への行き方
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/08/OVRB1999.jpg)
トロッコ列車
水平歩道の入り口である欅平へは、黒部峡谷鉄道のトロッコ列車に乗ります。
始発の宇奈月温泉から終点の欅平まで、途中いくつかの温泉や観光スポットを通って行きます。
とくに観光客が集中するのは、秋の紅葉の時期です。
欅平から唯一の避難所である阿曽原(あぞはら)温泉小屋まで、かなりの時間がかかります。
水平歩道を歩くのならば、ぜひ始発列車での出発をオススメします。
もしくは、欅平の温泉で一泊するのも方法です。
水平歩道のルート概要(欅平~阿曽原温泉小屋)
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/08/suihei05.jpg)
引用:もるとゆらじお様
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/08/suihei03.jpg)
私のGPSログより
欅平からは、まずは水平歩道の入り口まで一気に標高を上げます。
しじみ坂と呼ばれる急登です。
そこから、黒部峡谷を見下ろしながら、標高1,000m(黒部川まで約400m)のところを歩いていきます。
その名の通りほとんどが水平ですが、阿曽原温泉小屋へは一度標高を下げ、仙人谷ダムへ向けてもう一度登ることになります。
上の地図(緑色が歩くルート)のように、谷があるたびに迂回しますから、かなりの距離があります。
途中、
- 志合谷(しあいたん)のトンネル
- 折尾谷(おりおたん)のトンネルや滝
- 大太鼓と呼ばれる撮影スポット
など、変化に飛んでいますので、長いながらも飽きません。
ポイント①水平歩道までの急登「しじみ坂」
欅平駅から、一気に標高を400m上げる急登が始まります。
早く水平歩道に達したい気持ちを裏切るかのような、きつい登りです。
ずっと下の方に欅平駅が見えるので、自分がどれだけ高度をあげているか感じられます。
帰りは下りですが、それもなかなかきついです。
ポイント②志合谷のトンネル
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/08/OVRB1995.jpg)
雪渓の左右の道をつなぐ志合谷トンネル
遅くまで雪渓の残る志合谷(しあいたん。富山では谷のことを「たん」と呼んでいたそうです)は、トンネルで通過します。
雪渓の裏の岩盤をくり抜かれた素掘りのトンネルで、ようやく大人が通れるくらいの高さしかありません。
長さは150mあって、当然照明などありません。真っ暗です。
ヘッドライトがなければ、通ることは不可能でしょう。
足元はたいてい水たまりで、バシャバシャという水音と、自分の荒い息だけが響き渡ります。
ライトに照らされたヒカリゴケや鉱物が、キラキラときれいです。
(すごくわかりやすい動画がyoutubeにありましたのでどうぞ)
つい速歩きになってしまいますが、けっこう頭ゴッチンするので、気をつけて歩いて下さい。
この150mは長く感じます。
ポイント③大太鼓
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/08/水平歩道11.jpg)
「こんなものじゃない」大太鼓はもっと刺激的!
水平歩道で一番の人気撮影スポットが、「大太鼓(おおだいこ)」です。
飛び出た岩山を回り込むように続くところで、高度感もすごいですし、ドキドキです。
水平歩道というとこの場所の写真が出てくるので、
「水平歩道って全部こんなところなのか?」
と勘違いされがちです。
もっと道幅が広いところもありますし、土の上を歩く場所もありますよ。
ポイント④オリオ谷トンネル
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/08/OVRB1985.jpg)
折尾谷
折尾谷は、小さな砂防ダムの中を通るトンネルがあります。
距離は短いですし、ヘッドライトは不要です。
雨の後はかなりの水が溜まっていて、通れない場合があります。
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/08/OVRB1984.jpg)
折尾の大滝
折尾谷には滝があります。
滝の周囲は広くなっていますので、休憩するのにちょうどよい場所と言えるでしょう。
とくに暑い夏は、滝からの水しぶきが気持ち良いです。
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/08/OVRB1986.jpg)
雨の後は濡れる可能性も
ポイント⑤阿曽原温泉小屋
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/07/azo1.jpg)
水平歩道は仙人谷ダムまで続きますが、ひとまずはここで終了です。
長い長いプレッシャーを乗り越えた、ゴールの感動を味わってください。
ご褒美は、温泉露天風呂です。
阿曽原温泉小屋の小屋番さんはじめ、スタッフさんは山の達人です。
また、富山県警山岳警備隊が常駐する期間もあります。
ポイント⑥仙人谷ダム&トンネル
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阿曽原側出入り口
水平歩道の終点の仙人谷ダムですが、面白いことに、ルートはこのダム施設の中を通過していきます。
注意書きをよく読んで、迷惑をかけないように心がけたいものです。
お恥ずかしいですが、私は一度迷ってしまって、管理室みたいなところへ出てしまいました。
黒部ダム側から阿曽原方面へ抜けるときです。
ダムの管理室みたいなところへ出てしまい、室内履きスリッパが並んでいました。
「まさかスリッパに履き替え?」
「いやいや、さすがにここは違うだろう」
と引き返して、出口を見つけました。
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/08/OVRB1972.jpg)
トンネル内は高熱でメガネは曇ります
小説「高熱隧道」にも出てくるとおり、このあたりは岩盤が高温です。
危険はないとはいえ、メガネの人は曇って見えなくなりますよ。
また、線路も引かれているので、もしかすると作業列車が通過する可能性もあります。
十分に注意しましょう。
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/08/OVRB1969.jpg)
ダム施設内を歩く
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/08/OVRB1968.jpg)
案内看板に注意して
水平歩道からの分岐
水平歩道が終わると、その先は2つのルートに別れます。
裏剱仙人池方面へ
雲切新道への超のつく急登をして、仙人温泉小屋、仙人池へ登っていくルートです。
剱岳を裏側から観る絶景は、この先にあります。
欅平を出発したら、一日で行けるのはせいぜい仙人温泉小屋でしょう。
仙人池まで行くのは、かなりの健脚者だけと考えてください。
黒部ダム方面へ
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水平歩道は終わりますが、そのまま黒部峡谷をさかのぼっていくことができます。
『下ノ廊下』完歩を目指す人はこちらです。
夏が終わって秋になってから、ようやく残雪の影響を避けて開通します。
9月中旬以降なのは間違いないと思って良いでしょう。
年によると、開通しないこともあります。
阿曽原温泉小屋などで、常に情報を仕入れて行きましょう。
白竜峡、十字峡など、
「これぞ黒部!」
という景観が味わえるルートですが、難易度は水平歩道より上がります。
水平歩道を歩くときの注意
水平歩道を歩く場合の、独特の注意点を書き出してみます。
「黒部にケガなし」
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/08/OVRB1994.jpg)
この高度感!
俗に「黒部にケガなし」と言われます。
これは、
「落ちるということは死ぬことであって、ケガで済むことはまずない」
ということです。
黒部では、人知れず落ちて、そのまま遺体も発見されず、行方不明となるケースも多いです。
黒部の大自然は、それだけ危険と隣り合わせだからこそ、味わえるものなのです。
壁の番線(針金)
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/08/suihei16.jpg)
壁には針金が設置してあります
水平歩道の全線を通じて、たいてい壁際に針金が設置してあります。
針金に頼って歩くことはやめたほうがいいですが、いざというときのために、片手は常に針金に触れておくぐらいが良いと思います。
「あっ」
と軽くよろめいただけで、命を落とすことになりかねませんから。
ところどころ、歩きづらい難所もあります。
心配な人は、簡易的なハーネス(スリングとカラビナで)を作って、怖いところだけ針金に通しておくのも方法でしょう。
ずっとやるのは時間がかかりすぎますけどね。
すれ違い注意
狭いところで幅70cmぐらい、ほとんどが1mもない道です。
前から来る人とのすれ違いは、お互いに危険性が高まります。
とくに、大きなザックを背負っていますから、思いもかけず相手にぶつかってしまうことも考えられます。
少しでも広いところで、うまくすれ違いましょう。
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昔、前から来た若い男性が、一枚歯の高下駄を履いていたことがありました。
しかも、すれ違うときにサッと谷側へ避けて立ち、私は山側を通過しました。
「この人、恐怖心ないのかなあ? 私が押したらどうするんだ?」
と、こちらのほうが背中が寒くなりました。
何気ないところが危険です
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/08/OVRB1988.jpg)
何気ないところこそ危険です
大太鼓のような高度感抜群なところは、誰もが緊張して注意深く歩きます。
でも、じつは事故はそういうところでは起きないものなんですよね。
たとえば上の写真のような、木が生えていて下が見えず、緊張がゆるんで歩いているときが、危ないです。
地面に埋まった石が、濡れていたり苔むしていて、ツルッといったら・・・。
400m落ちるのも10m落ちるのも、実際はどっちも「死」なわけです。
高度感を麻痺させないで、無事にゴールしてください。
ヘッドライト忘れたらアウト
志合谷のトンネルは、ヘッドライト忘れたらアウトです。
今どきはスマホでもライト代わりになるかもしれませんが、絶対に忘れないようにしましょう。
雨は川になって襲ってきます
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/08/OVRB1980.jpg)
通常の状態。雨が降ると滝になります
岩壁に作られた道ということは、雨が降るとその壁を伝って、滝のように降ってきます。
上からじゃなく横から来る水は、レインウェアの中へたやすく侵入して、濡れてしまうでしょう。
また、水圧で押されて滑落の危険も増します。
雨の日の水平歩道は、より慎重な行動が必要です。
水平だけど疲れます
水平歩道は、ほぼ水平です。
ただし、緊張感でずっと力が入っていますし、距離も13kmと長いです。
実際は、かなり疲れてしまいますし、時間もかかります。
とくに夏場は、高山帯と違って暑いです!
標高1,000mですから、低山歩きみたいなものです。
時間に余裕を持って、計画されるといいいでしょう。
ヘルメット推奨します
水平歩道は、頭の上に岩が飛び出ている場所も多いですし、志合谷のトンネル内でもいきなり低くなっています。
うっかり頭をぶつけることが多いです。
私のようなおっちょこちょいは、何度もぶつけてしまいます。
最初から最後まで、ヘルメットを装着するのをオススメします。
季節による注意点
日本の山が一番混雑するのは、やはりお盆前後の夏休みでしょう。
しかし、水平歩道は違います。
水平歩道自体が夏まで整備もされませんし、下ノ廊下へは秋も深まらないと開通しません。
お盆はまだ閑散期です。
登山者は、秋の紅葉が深まり、下ノ廊下開通と同時に押し寄せます。
小屋もテント場も超満員ですし、しかも他に場所がありません。
私は、秋以外も素晴らしいと思います。
水平歩道は夏でも楽しめますので、空いている夏を狙うのもアリでしょう。
水平歩道必読書「高熱隧道」
水平歩道を歩く場合は、その歴史を知ってから歩くと、魅力が倍増します。
そのためには『高熱隧道(こうねつずいどう)』という最適な小説があります。
黒部という土地の偉大さと、自然に立ち向かう人間との物語です。
黒部第三発電所――昭和11年8月着工、昭和15年11月完工。人間の侵入を拒み続けた嶮岨な峡谷の、岩盤最高温度165度という高熱地帯に、隧道(トンネル)を掘鑿する難工事であった。犠牲者は300余名を数えた。トンネル貫通への情熱にとり憑かれた男たちの執念と、予測もつかぬ大自然の猛威とが対決する異様な時空を、綿密な取材と調査で再現して、極限状況における人間の姿を描破した記録文学。
阿曽原温泉小屋に泊まろう
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/07/azo012.jpg)
欅平と黒部ダムを結ぶ「黒部峡谷下ノ廊下」の、中間地点にあるのが阿曽原温泉小屋です。
唯一の小屋、そしてテント場です。
無理に通過する人もいますが、可能かどうかではなく、この小屋(テント場)で一度足を止めることをオススメします。
安全面の意味でもありますが、この奥地で温泉に入るという魅力もあるからです。
水平歩道は唯一無二の道
![](https://nebukurou.com/wp-content/uploads/2019/08/OVRB1990.jpg)
スリルがあって面白い道です
日本を見渡すと、素晴らしいトレイルや縦走路はいくつもあります。
時にはいくつものピークを越えて、その土地の魅力を味わいながら歩ける道です。
その中でも、
- 「水平」という特殊性
- 人工の道ならではの歴史
- 日本でも特異な「黒部」という土地の荒々しさ
という、一風変わった道が「水平歩道」です。
日本では同じような場所はないでしょう。
アプローチもトロッコ列車、立山黒部アルペンルートと、変化に飛んでいて面白いです。
黒部の大自然と歴史を、スリルというスパイスを効かせて、味わっていただきたいと思います。
標高0mと3,000mを結ぶ道、栂海新道(つがみしんどう)はご存知ですか?
こちらも大好きな道です。