山で遭難者の遺体を発見した経験を伝えたい(後半)




こんにちは、寝袋!です。

前半の記事からの続きです。

山で遭難者の遺体を発見して、なんとか下山して、報告するところまで書きました。

山で遭難者の遺体を発見した経験を伝えたい(前半)

2019年1月22日

続きを書いていきます。

まずは捜索隊に

私が出会った捜索隊の方々は、本州の某大学の山岳部OBたちでした。

どうやら昨秋、お仲間の1人が季節外れの吹雪に見舞われて、遭難したということでした。

当時の捜索では発見できず、冬が終わって雪が融ける頃を見計らい、再び捜索隊を結成したということでした。

私は、写真を提供したり、地図で場所を説明したり、わかるかぎりの状況を説明しました。

捜索隊の地図を見ましたが、この山域の斜面・沢筋を、日替わりで捜索し、塗りつぶしてありました。

見ると、捜索隊は数日前に一度そこを調査したようでした。

この時期の残雪は、天気が良ければ、数十cm融ける日もありますので、その数日間で表面に出てきた可能性があります。

また、浮島のようなハイマツ帯が迷路のようになっていたので、見落としたのかもしれません。

次は警察に

ひととおり説明したあと、今度は警察がやってきました。

もう一度説明をし直しました。

山のことを知らない警官だったので、捜索隊の人たちも一緒になって説明してくれました。

その警官は若い人で、時々警察署のお偉いさん(?)と無線で連絡とりながら、調査を進めていきました。

「大変でしたね」

と、ねぎらいの言葉ももらいました。

まるで犯人じゃないか!

ところが、どこかの警察署、どこか遠くの部屋から届いてくる無線が、私を苛立たてました。

「◯◯さん(私)は、遺体に触れたのか?」

とか、

「◯◯さんは、どうしてそんなところにいたんだ?」

などと、言ってくるのです。

第一発見者だし、いろいろ調査するのは仕方がない。

けれど、まるで自分が疑いを掛けられているかのような気分で、腹が立ってきました。

その場にいる警官や捜索隊のみなさんは、

「登山出来ないし、時間をとらせて申し訳ない」

と言ってくれます。

しかし、遠くの誰かは、結局最後までそういう態度でした。

「これじゃあ、誰も警察に協力したくなくなるわ」

と思いました。

捜索隊、遺族のことを考え、ぐっと我慢していました。

もし遺体に近寄って触っていたら、どうなってたんだろう?

もう一度、現場に

捜索隊の人たちは、ずっと探してきた仲間の遺体を、早く回収したいようでした。

「今から◯◯さん(私)に道案内してもらって、現場に行きたい!」

と警察に頼んでいました。一瞬、

「もう一度あそこまで登るのか?」

とも思いましたが、その頃には、(警察ではなく)捜索隊の皆さんに協力したい心意気だったので、了解しました。

ザックから不要な装備を取り出して、日帰り装備を準備していました。

予定変更!ヘリが遺体回収

石川の「はくさん」

いざ出発!となったとき、

「◯◯さんは、そこから動いてはいけない。ヘリで遺体は回収する」

と、警察から連絡が入りました。

ガッカリする捜索隊のみなさん。

「やっぱり、自分たちの手で下ろしたかったんだろうな」

と、その表情から悔しさが伝わってきました。

捜索隊の代表者が、遺体の確認をするために、ヘリポートの場所まで移動していきました。

私はそれからの行動予定を聞かれました。

「もう山には入る気分ではないけど、日程が余ったので、車中泊で普通の旅行にするつもり」

と言うと、

「あなたがどこにいるかわからないと困る。家に帰って欲しい」

と言われました。

捜索隊の皆さん

それから、私は捜索隊の人たちが宿舎にしている旅館に招かれました。

お風呂をいただき、お茶を飲みながら、お話を伺うことができました。

お話によると、幅広い世代の山岳部OBたちが、数人ずつローテーションを組んで、数ヶ月に渡って捜索する計画だったらしいです。

その時は、捜索開始から2週間ほどだったと記憶しています。

私は、この日ずっと気になっていたことがあり、思い切って聞いてみました。

「みなさんの思いを考えると、私などが、たまたま発見してよかったのか?と思っています」

すると、

「遺体が見つかるまで、彼はずっと失踪なんです。ご家族もずっと冬の間待っていたのです。

もし、観光客などに発見されたのだとしたら、正直、ガッカリしたと思います。

でも、同じように山をやっている人に発見されたのだから、嬉しいことですよ」

と言われたのです。

いろいろ、警察にたいしてモヤモヤしたものがありましたが、この言葉をもらい、

「自分は、ためになることを出来たのかもしれない」

と、疲れが吹き飛びました。涙が出ました。

考えたこと

その後、

「遭難者が吹雪にまかれたあと、どのような行動をとったのか?」

「どうしてあんな場所にいたのか?」(一般ルートからかなりの距離)

については、わからなかったようです。

あの出来事に遭遇して、私が一番感じたことを書きます。

その元になるのは、「山岳部という組織の強さ」です。

警察の捜索が打ち切られたあと、自主的に捜索隊を結成して現場に乗り込んでくる。

何ヶ月にも渡って捜索し、

「絶対に、仲間を家族の元へ帰す」

ために頑張る、ものすごい仲間意識。結びつき。

それを知れば知るほど、逆に、思い知りました。

「わたしたち、普通の登山者が遭難した場合はどうなるのだろう?」

しばらくは警察などに捜索されるかもしれませんが、それが終われば、それまでです。

あなた(私)の遺体を探してくれる人はどこにもいない

のです。

家族や友人たちが

「行方を知りたい」

「どのように最後を迎えたのか知りたい」

と思ってくれても、それは、叶わぬ願いなのです。

なんて弱く、か細い私達でしょう?

弱い私達は、山で遭難してはいけません。

弱い私達は、山で死んではいけません。

私の体験が、遭難することの悲惨さを、少しでも伝えられることになれば幸いです。






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